寺西:清宮さんはこれまで3つのチーム(早稲田大学、サントリー、ヤマハ発動機)の監督を歴任されてきましたが、それぞれどんなチームだったのですか。
清宮氏:3つのチームは全く個性が違ったんですよ。最初の早稲田は、日本大学ラグビーのリーダーであり、ほとんどの高校生ラガーマンの憧れで、みんなが行きたいわけです。ただ、一番のネックは入学するのが難関で、いい選手がいても採れないんです。そもそもスポーツ推薦の枠がすごく狭い上に、実力はあっても学力が伴っていないと落とされる。じゃ、どういう人間が入ってくるかというと、実績トップの選手は2~3人で、ラグビー経験のある一般受験の選手が半分、あとの半分は未経験で実績のない選手でした。そういう選手たちが交わって化学変化を起こし「ザ・早稲田」という色ができていくんです。2つ目のサントリーは、大学ラグビーのトッププレーヤーをいくらでも採ってこれましたから、まさに「スター軍団」でした。そして、3つ目のヤマハ発動機は、リーマンショックでリストラがあり、既存の主力選手はみんな出て行って空洞化した状態のチームで、残った選手たちはみんな疲弊していました。予算も人も削られて、沈みかけた船のような状態でしたね。そんなチームにトップ選手が集まってくるわけはないので、仕事とラグビーを両立させるぐらいのレベルで入ってきた大卒が8人ほどと、あとは学生時代は花形選手だったけど社会人になってからはラグビーをやらずに、クラブチームで週末だけラグビーをやっていた選手をかき集めた、まさに「デコボコ」の寄せ集めからのスタートでした。
寺西:低迷している組織やバラバラの方向を向いている集団を引き受ける際は、どの辺から手をつけていかれるのでしょう。
清宮氏:実は監督として新しいチームを見るときが一番ワクワクするし、面白いんです。何故、勝てないのか、どこをどうしたら勝てるのかというアイデアが次々と浮かんできます。準備にだいたい1~2か月かけてプランを練るのですが、これが監督の仕事の7~8割だと言ってもいいぐらい時間をかけて作ります。そのプランを実行し、結果に変えるのが監督の仕事なんですね。だから、最初に選手たちの前に立つときは、自分の中では100%の自信があります。
寺西:ワクワクされるというのは本当にすごい。私は大手電機メーカーで21年半、主に開発設計に携わった後、現在の会社に経営者になるべくして入ってきたのですが、最初はワクワクどころかドキドキでした。入社が決まるまでは経営の勉強もしたことがないのがいきなり入ってきたわけですから、周りからどんな目で見られるのだろうかとか、不安もありました。清宮さんの強い自信はどのように生まれるのでしょうか。
清宮氏:やはり「分析」と「裏付け」ですね。これだけ見てる、これだけ分析しているという確固たる裏付けがあるから、言葉を強く、重くできます。だから、想像だけで話をすることはありません。例えば、試合が終わった直後は選手たちにあまり話をしないんですよ。
寺西:それは何故ですか。
清宮氏:終わった直後は、どうしても印象でしか語れないからです。実は必死に動いた後にミスをしてしまった選手に対して「何してるんだ」とは言えない。試合後に、引きと寄りの映像をいろんな角度から見直して、きっちり調べてからじゃないと選手に声をかけるべきではないと思っています。
寺西:それにしても、著書を拝読すると、清宮さんが早稲田の監督に就任された当時は32歳と非常に若く、チームが長く勝てない状況が続いている中での就任だったように思います。そんな低迷した空気をどう切り開いていかれたのですか。
清宮氏:選手たちは「なんでも答えてくれるような兄貴みたいな監督」を求めていたようですが、僕は過去一「怖いOB」として恐れられていましたからね(笑)。ただ、僕の就任の裏では、「これまでの悪い流れを断ち切るには、監督に清宮を据えるべきだ。それが認められないならOB会を辞める」という、若手OB達によるいわば血判状のような決意表明が出され、すでに決まりかけていた前任者の続投人事が覆されるというドラマがありました。早稲田のラグビーを強く、長く勝ち続けるチームにするための執念が、あの変革を生んだのだと思います。